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前世知る少年 秋田魁新報連載 平田篤胤『勝五郎再生記聞』を読む

第四十回 異形の様子 空を飛び、美しい山へ

簗瀬均氏、秋田魁新報社の許可を得て掲載しています。大きな画像はこちら


空から何か落ちてきたような音がすると、多四郎が家の出入り口に横たわっていた。異界から生還したのだ。父又兵衛の祈りは届いた。だが多四郎は、のたうち回って庭に転がった。やがて意識が戻り、目を開けた。
そして答えた。「ああ…ありがたい。今、こうして戻れたのは、ひとえにお父さんのおかげだ」   又兵衛は多四郎に、これまで何があったのかを尋ねた。だが多四郎は、「恐ろしくて、今は話せそうにありません…」と答えた。多四郎は体を震わせていた。   又兵衛は「無理もない。その通りだな」と思い、多四郎をゆっくりと休ませた。それから二日二晩ほど多四郎は、疲れて眠り続けた。けれども時々、目を開けては「ああ恐ろしい!」と叫んだ。   やがて多四郎は、平常心に戻った。そこで詳しく尋ねると、これまでのいきさつを語り始めた…。 ここから多四郎の証言。   あの晩、釘(くぎ)を踏んで痛い足をかばいながら、爪先立ちして何げなく小便をしていた。すると、どこからともなく髪を垂らした大男が現れた。そしていきなり、おらに「来い!」と言った。と同時に、大男は荒々しくおらの腕をつかんだ。   おらが、大男の腕を振り放すと、大男は「小ざかしい!」と言って、両手でおらの首筋をつかんだ。   そのままおらは大男に連れて行かれ、屋上から空へ飛び上がった。こうなっては抵抗しても無駄だと諦め、じつと息を凝らしていた。   そうしてほんの少しの間に、どことも分からない、すっきりとして美しい山に来ていた。そこには、寺のような所があった。   おらがさらわれた時、江戸はすでに夕暮れだった。それなのに連れて行かれた美しい山は、まだ明るかった。   目を見開いて周囲をはっきり見渡そうと思った。でもおらは、驚いて気が動転していたので、よく見ることができなかった。   美しい山には、山伏(修験者)のような人、法師(僧侶)、あるいは俗形(ぞくぎょう…一般人の姿)の人などが並んでいた。上座に座っていたのが、とりわけ目つきの怖い老法師だった。   おらを連れ出した大男は末座におらを引き連れ、無理やりに頭を下げさせた。この時おらだけでなく、12~13歳の子供を2人連れて来た男たちもいた。ここはきっと天狗のすみかに違いないと思った。   おらは悲しくなって泣いた。「家に帰してください!」と、床に額を付けてお願いした。でも大男は、おらの頭を押さえつけて「黙れ! 黙れ!」と繰り返して怒鳴った。それでもおらは、構わず何度も「帰してください! 帰してください!」と重ねてお願いした。
 『再生記聞』で篤胤が語る異界は、どこか似ている。そこは、高い山の上の清らかで美しい所だ。天空のようでもある。  勝五郎の前世である藤蔵が出会った「白髪を長く垂らした黒衣の老人」は、藤蔵を「奇麗な芝が生えている草原」へ誘った。藤蔵は、花がたくさん咲いている草原で遊んだ。その風景も、どこか清楚(せいそ)な高原の雰囲気がある。  こうした異界の描写は、仙人が住むという仙境を思わせる。不老不死で神通力(じんずうりき…超人的な能力)を持つ仙人は、高い山の上や天上などの仙境に住む。  仙境とは俗界を離れ、静かで清らかな所だ。仙人は異界とこの世、あるいは時空を超えて自由に行き来する。  篤胤が考える異界は、この世と隔離されているようでいて、時としては交流できる仙境のような所かもしれない。
 

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