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前世知る少年 秋田魁新報連載 平田篤胤『勝五郎再生記聞』を読む

第二十三回 姉の夢に「蛇体の者」 出生地の神の使いか

前世知る少年 勝五郎

簗瀬均氏、秋田魁新報社の許可を得て掲載しています。大きな画像はこちら


勝五郎の姉ふさは、包丁を無くし、中野村の産土(うぶすな)の神である熊野神社に願を掛け、夢のお告げで包丁の在りかを見つけた。その後、3夜続けて山伏(修験者)のような老人と、もう1人不思議な男の夢を見る。父源蔵は語る…。

3夜目、ふさの夢の中で山伏のような人は何も言わず、もう1人の男が「われは蛇体(体が蛇)の者だ」と言った。

ふさは「こんな夢を見るのは、ただごとでない。どんな辛い目に遭うかと悲しくて泣いた」と答えた。

そこで私は「ふだん見ない夢を見たから気になって次々に同じ夢を見たのだろう。心配するな」とふさを慰めた。

考えてみると勝五郎の話にある髪を伸ばした老人と、ふさの夢に現れた「髪を長く垂らした山伏のような頭の老人」とが似ている。

ふさが包丁を無くした時に、夢に現れた山伏のような老人は、きっと勝五郎の話の老人と同じ仲間の神様だろう。このように似ていることを考えると、ふさの夢のお告げも今更ながら不思議に思われる。

勝五郎の姉ふさの夢枕に立った老人が、勝五郎を生まれ変わらせた老人の姿に似ている。だから同じ中野村の産土の神だろうと父源蔵は考えた。

篤胤(あつたね)の指摘と勝五郎やふさの発言から源蔵は推測に自信を深めていく。ところでふさの夢に現れたもう1人の男「蛇体の者」とは誰なのだろうか。源蔵は考える…。

話しているうちにふと思い出したことがある。私は、もと江戸の小石川(文京区)に夫婦で住んでいた。その時、ふさが生まれた。

小石川の産土の神は氷川(ひかわ)大明神だ。『われは蛇体の者だ』と言った男は、もしかすると氷川大明神ではないのか。

この場に同席し、話を聞いていた国学者の堤朝風(1765~1834年)は「氷川大明神は龍の姿の神だという言い伝えがある」と言った。そこで私は、ふさの夢に現れたのが、ふさの出生地の産土の神・氷川大明神だと実感した。

(篤胤が考えるに)そもそも氷川大明神は『延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)』(927年、全国「官社」神社一覧)に記載され、武蔵国足立郡(埼玉県さいたま市)にある総本社氷川神社を各地に勧請した一つだ。『一宮記(いちのみやき)』(諸国で一番に格付けされた一宮の社名など記載)には、祭神がスサノオノミコトとある。今も氷川大明神を「一宮」という。

『江戸砂子(すなご)』(1732年、江戸の地誌)に「小石川でも一宮を勧請し、竜女を祀(まつ)った」とある。

なぜ竜女か、というとスサノオノミコトが出雲国簸川(ひのかわ…樋川)でヤマタノオロチを斬り殺したので、その地に樋(ひ)ノ社があり(『延書式神名帳』)、神の使いとしてオロチも祀った。だが「オロチ」を誤って「竜女」と伝えたからだろう。

武蔵国に氷川神社があるのは、ここの国造(くにのみやつこ…地方官)が、成務(せいむ)天皇の時代(4世紀半ば)に出雲国より勧請して祀ったからだろう。詳しくは別に考察した書がある。

※筆者注釈…篤胤は「樋ノ社=氷ノ社=氷川神社(氷川大明神)」と考えたようだ。

悲しい夢を連夜見た勝五郎の姉ふさは、両親が小石川にいた時に生まれた。そこの産土の神が、氷川大明神だった。祭神はスサノオノミコトで、その使いが、スサノオによって退治されたオロチだという。ふさの夢に現れた「蛇体の者」とは、オロチではないのか、という推論だ。

つまりふさの出生に関わった産土の神の使いが、「蛇体の者」という男の姿で、ふさの夢枕に立ったというのである。

 

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