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前世知る少年 秋田魁新報連載 平田篤胤『勝五郎再生記聞』を読む

第三十六回 産土神の祟りを紹介 根底に修験への共感

簗瀬均氏、秋田魁新報社の許可を得て掲載しています。大きな画像はこちら


約束を破り金比羅(こんぴら)の神の崇(たた)りに遭った丑之助を、鎮守の氷川大明神が助けようとしたが、両者はにらみ合ったままだった。そこに江戸小石川の澤蔵司稲荷(たくぞうすいなり)が現れ、丑之助の罪を自分が背負うので許してほしいと懇願した。
金比羅の神と氷川大明神は、そうした澤蔵司稲荷の思いやりに和まされたようで、互ぃに会釈して厳かに別れた。   以上のことを丑之助は大きな息を吐きながら、恐怖のために身体を震わせて人々に語った。だが丑之助の左足の指三本は、骨折したままだった。   人々は一部始終を目の当たりにしたので、非常に恐れて震え上がった。そうしてお金を出し合い旅費を準備して、丑之助を讃岐(香川)の金比羅宮に参詣させたところ、骨折した指が元のように治ったという。   このように産土(うぶすな)の神の守護があれば、他の神の崇りから逃れることができるようだ。   この話に関わって私(篤胤)も、松村完平から聞いた話を紹介したい。
 松村は篤胤の門人。神仙界(仙人が暮らす世界)と人間界を往還する寅吉少年こと高山嘉津間から神仙界の模様を聞き取って記録した人物だ。
大阪に声がたいそう美しく、今風の長唄(三味線伴奏による長編の謡曲)を謡って生計を立てている男がいた。   その男がある日、用事があって道を歩いていると、山伏姿の人に会った。通りすがりの山伏姿の人は、声の美しい男に言った。「あなたの美声を、しばらく私に貸してください」   美声の男は、山伏姿の人の言ったことが冗談だと思い、笑いながら「ああ」とうなずいて通り過ぎた。   それから3日ほどして美声の男は、これといった病気を患(わずら)っていないのに、急に声がかれて出なくなった。この時、山伏姿の人に自分の声を貸したから、声が出なくなったのだということに全く気付いていなかった。   美声の男は、住吉神社が産土の神なので、声が出るように拝んでこようと思って出掛けた。その途中、またあの山伏姿の人に出会った。   山伏姿の人は言った。「先頃あなたは、私がお願いした通り、声を貸してくれた。それなのにそのことを忘れ、産土の神に拝もうとするのは理解できない。あなだが、そのように祈れば、私は神から必ず罰を被る。そうなれば私は、あなたをひどい目に遭わせるかもしれない。そうならないように、しばしの闇だから、私にぜひとも声を貸してください」と頼んだ。   美声の男は、ここで初めて自分が山伏姿の人に声を貸していたことに気付き、にわかに恐ろしくなった。そして「絶対に産土の神には、お祈りしません」と、山伏姿の人に堅く約束して家へ帰った。   さて30日ほど過ぎたころ、美声の男が道を歩く途中、また山伏姿の人に出会った。すると山伏姿の人は、美声の男に対して、「今、あなたの声を返します。受け取ってください」と伝えた。   すると、たちまち声は元通りになった。こうして山伏姿の人は、お礼として美声の男に呪禁(じゅごん…まじない)の技を授けた。これは万病に効いた。後に美声の男は、唄謡いの仕事を辞めて、この呪禁の技だけで裕福な暮らしを送ったという。
 「山伏」とは、山に伏して修行する姿から名付けられた修験者のこと。修験者は加持祈禱(かじきとう)や呪術儀礼も行う。修験道はまさに神仏習合の信仰であり、日本の神と仏教の仏(不動明王など)が祀られてきた。篤胤は仏教など外来宗教を排斥しつつも、修験道を肯定的に受け入れている。
 

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