
簗瀬均氏、秋田魁新報社の許可を得て掲載しています。大きな画像はこちら
江戸小石川の石工の弟子丑之助(うしのすけ)は、好きな酒を断って、金比羅(こんぴら)の神に願を掛け難病が治った。だが鎮守様の祭りの日、禁酒の約束を破り、大酒をあおってしまい高熱にうなされた。
「ああ…熱い。熱くて、熱くてどうにもならない。金毘羅様! 酒を飲んでしまった俺をお許し下さい」と丑之助はもがき苦しみながら謝った。
その場にいた人々は驚き、「なんだ? どうしたのだ?」と尋ねた。すると丑之助は、(鎮守の社の)庭の空を指さして叫んだ。
「おまえたちに見えるか! 金毘羅様があそこにいらっしゃる…」。みんなは一斉に庭の空を見た。だが何も見えなかった。
「金比羅様はどのようなお姿をしているのか?」とみんなが丑之助に尋ねた。丑之助は、ハーハーと火のように熱い息を吐きながらやっと答えた。
「金比羅様は、黒髪を長く垂らし、冠装束をされて雲の上にお立ちになっている。たいそう多くのお供が付き従い、端折(つまおり)傘を横から差してもらっている。金比羅様の前には鬼神(おにがみ)のような力士がいて、金比羅様のおっしゃることをうかがっている」
金比羅の神の言葉を、鬼神が代わりに丑之助に伝えた。それを丑之助が憑(つ)かれたかのように語った。
「おまえの病気は極めて重く、治るはずがなかった。だがおまえが熱心に私に祈るので治してやった。それなのにおまえは、時々こっそりとわずかずつだが酒を飲んでいた。しかも今日は朝から思いのままに大酒をあおって酔いしれるとは気に入らぬ。よって手足の指をすべて折らせる!」
そう言い終わらないうちに、もう丑之助は身をかがめ「お許しください。お許しください…」と大汗をかいて泣き叫んだ。
その時、丑之助は何かに押されて足の指を折られた気がした。その恐ろしさは言葉で言い尽くせない。だが若者たちが丑之助を救おうと気合を入れ、力を合わせて丑之助を引き起こそうとした。
それなのに若者たちは、何かに物を投げつけられたかのように突き飛ばされ、丑之助に近づくことができなかった。
その様子が、あまりにも恐ろしかったので、日頃は鬼がいるなら、かかってこいと威勢を張る男たちがわれ先に皆逃げ出し、震えているありさまだった。
片足の指を全て折られたと感じた丑之助は、悲鳴を上げた。「鎮守様、鎮守の氷川大明神様! お助けください。お出でください。俺がしたこの罰から助けてください」
しばらくして丑之助は今度、「沢蔵司稲荷(たくぞうすいなり)様が、お出でになった!」と言った。そして人々に「近寄ってはいけない!」と告げた。それから起き上がって畏(かしこ)まり、そのままじっとしていた。
その後、丑之助は腹ばいになって庭に出てひれ伏し、神々を送り出す振る舞いをした。この時はすでに、もがき苦しむ様子が治まっていた。人々は寄り集まって、何があったのかを丑之助に尋ねた。
丑之助は語った。「金毘羅様のお怒りになる様子があまりにも恐ろしかった。雲の上にお出でになり、俺の方を流し目で一目見るたびに、俺を押し伏せているあの力士が、俺の足の指を一本ずつ折った。そうして左の足の指が皆折られたと思った時、俺を救いに鎮守様が大勢の従者を従えて束帯(そくたい…公家の正装)姿で現れた。鎮守様は、金毘羅様に向かっておっしゃった…」
他の土地の神の崇(たた)りを受けたとき、地元の神が崇りを鎮める。この篤胤(あつたね)の持論が、実例として紹介される。